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(Japanese apricot)(+ 豊後梅)薔薇(ばら)科。学名Prunus mume(梅)Prunus mumevar. bungo(豊後梅)Prunus : サクラ属mume : ウメ(江戸時代の梅の呼び名=ムメ)bungo : ブンゴ(豊後Prunus(プラナス)は、ラテン古名の「plum(すもも)」が語源。開花時期は、 1/20 ~ 4/ 5頃。1月中旬頃から咲き出すもの、3月中旬頃から咲き出すものなど、さまざま。また、桜とちがって、咲き方も散り方もゆっくり。木の花がほとんど咲いていない冬に、「ついに梅が咲き出したか♪」という、うれしさのインパクトは大きい。漢名でもある「梅」の字音の「め」が変化して 「うめ」になった。いろいろな園芸種がある。とてもよい香りの5弁花。 「馥郁(ふくいく)たる梅の香り」の”馥郁”とは、「とてもよい香り」の意味。(そういえばこの言葉って、梅の香りにしか使われないような気がする♪)中国原産。奈良時代の遣隋使(けんずいし)または遣唐使(けんとうし)が中国から持ち帰ったらしい。「万葉集」の頃は白梅が、平安時代になると紅梅がもてはやされた。万葉集では梅について百首以上が詠まれており、植物の中では「萩」に次いで多い。幹がゴツゴツしているのが特徴。花を見ただけでは桜などと区別がつきにくい。 実が梅干しとなる(白梅の場合)。梅雨の頃に収穫する(梅干し、おいしいです)。江戸時代には、各藩が非常食として梅干を作ることを奨励したため、梅林が全国で見られるようになった。ちなみに「梅雨(つゆ)」の名の由来は、梅の実がなる頃に雨が多いかららしい。梅の字は「母」の字を含むが、中国ではつわりのときに梅の実を食べる習慣があるらしい。「鶯宿梅(おうしゅくばい)」の故ある時、宮殿の前の梅が枯れてしまった。そのときの天皇、村上天皇はこれを残念に思い、かわりの木を探させていたが、ある屋敷で良い梅の木を見つけてそれを勅命で宮殿に献上させた。 そしてその木を植えてみたところ、屋敷の女主人の書いた歌が紙で結びつけてあり、「勅なれば いともかしこし鶯(うぐいす)の宿はと問(と)はばいかがこたえむ」 とあった。歌の心を知る天皇は、すぐにこの梅の木を元の屋敷に返したという。(ほのぼのとしたお話です)「松 竹 梅(しょうちくばい)」中国の「四君子(竹、梅、菊、蘭)」の一つ。水墨画の画材にもよく使われる。「梅に鶯(うぐいす)」梅に鶯を配した豪華な図柄→ とりあわせの良いものの たとえ。他に「獅子に牡丹」「紅葉に鹿」「桃 栗 3年、柿8年、梅は酸い酸い13年、柚子は大馬鹿18年、林檎ニコニコ25年」。実を結ぶ時期のこと。 何事も、時期が来なくてはできないというたとえ。別名「好文木」(こうぶんぼく)「木の花」(このはな)「春告草」(はるつげぐさ)「風待草」(かぜまちぐさ)1月1日、2月3日の誕生花(梅)。花言葉は「厳しい美しさ、あでやかさ」(梅)。
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