2012年1月31日火曜日
熊野大社
28-12 出雲國一の宮「式内社」(くまのたいしゃ)
電話 0852-54-0087
http://nobyama.com/2010/kumanotaisya.html
http://www.shinbutsu.jp/46.html
御祭神 ・櫛御食野命 御由緒 出雲国一の宮 熊野大社「出雲」は、我が国の歴史で最も古い時代から見られ、しかも尊厳な由緒豊かな神社が多く存在するために、「神の国」と云われている。「八雲立つ出雲」と称するのも、多くの神々が坐す出雲との意味があるが、出雲の神のなかの大神と崇敬されるのは、かって「厳神の宮」と讃えられたこの熊野大社のスサノヲノミコトである。熊野『出雲国風土記』(733)は、クマクマシクして神が鎮まるのに適しい処を「熊」と名づけて聖地とみなしている。神稲・神代は クマシロと訓み、神=クマ=カミであり、更にクマが転じてクモともなる。熊野に坐す神は、人々の幸福と繁栄と平和を保障されて人々の期待に応えられたので、此処に人々は心楽しく生活を営んできた。山陰最古の石器が発見されたのによっても悠久の昔からクマノは住み良い処であった。人々はカミマツリの広場を取り囲み、これを共同生活の精神的支柱としてクニヅクリを始めたにちがいない。熊野に坐すスサノヲノミコトは人々に楽しく生きる力を与えられて鎮座された。出雲国一の宮『出雲国風土記』に「熊野大社」と記載され、『延喜式神名帳』(927)に「熊野坐神社」とあるのは、この熊野大社を云う。『 日本書紀』によれば、熊野大社は斉明天皇5年(659)に出雲国造をして造営されたとある。出雲国造は、かって代替りの時、天皇の大御前で天皇の大御世を祝する「出雲国造神賀詞」を奏上したが、その中で出雲国の筆頭の神として当社のスサノヲノミコト(熊野大神櫛御気野命)を挙げ、出雲国の一の宮として祭祀を司り、また政治を治めた。御祭神(おまつりするカミ)伊射那伎日真名子(いざなぎのひまなご)加夫呂伎熊野大神(かぷろぎくまぬのおおかみ)櫛御気野命(くしみけぬのみこと) 「伊射那伎の日真名子」とは、国生みを始めて生きとし生けるものを生かし、その主宰の神をも生み給うたイザナギノミコト・イザナミノミコトの可愛いがられる御子との意である。「加夫呂伎」とは神聖なる祖なる神である。「熊野大神櫛卸気野命」とは、この熊野に坐す尊い神の櫛御気野命という意である。名は神格の本質をあらわす。故に卸祭神の本質は、人々の食して生くべき食物に霊威をみちびき、農耕生産の豊穣を約束して、人々の営む万般の生業の発展を保障され、人の世の繁栄と平和、人々の幸福をみちびかれる深厚高大な霊威を発顕具現されるところにある。素戔嗚尊 スサノヲノミコト天照大御神の御弟神である。「伊射那伎日真名子加夫呂伎熊野大神櫛御気野命」とは、スサノヲノミコトの別神名である。スサノヲノミコトは、出雲の簸の河上で八岐大蛇を退治された神話に見られるように、人間社会を洪水の災害から救われて稲田の豊穣をもたらされ、人の世を和楽にみちびかれた。スサノヲノミコトは、不思議な霊威をあらわして成りと成り出づるものが豊富であるようにと世の人々を導かれたのである。これは、人間社会につきまとう人間であるがために逃れられない不安と苦悩を取除いて、人間の営む社会生活の繁栄と平和をもたらされた、ということを意味している。スサノヲノミコトは人間の幸福を約束される愛の神スサノヲノミコトは人間の願望期待に応えられる救いの神スサノヲノミコトは人の世の幸栄のムスどの神スサノヲノミコトに見守られている限り、人の世は立ち栄えるのである。熊野大神の御神縁に結ばれる人々は、その御手振りに神習って、御神光があまねく世に輝きわたるように神意奉行を尽くさせて戴きたいものである。八雲立つ出雲八重垣 妻ごみに八重垣つくる その八重垣をとの御神詠は稲田姫命との御結婚の寿歌であり、和歌の初源である。
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